「治さなくてよい認知症」と現実

答えは

認知症とオクスリについて書いてきました。

 

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オクスリは上手に使わなきゃいけなくて、

用途以外にも使えてしまえることがあります。

 

最近読んだ本

 

 

 

↑コレ

すごく良い本でした。

 

 

「治さなくてよい認知症

認知症が治ると思ってるから、人間関係(主に家族)に軋轢が生じる、

そもそも医療の現場では、認知症をどう扱っているのか、目指すあり方はなんなのか。

 

認知症を診る、とは身体を診るのではなく生活を診るのだ…

 

という内容が書かれています。

 

事例を出しながら、

患者宛に、そして介護者・家族宛にも丁寧に書かれていて、

認知症に向き合う」ことの課題を教えてくれます。

 

 

精神科受診

リスペリドンを処方されて、排泄できなくなったおじいちゃん。

先日、やっと精神科の診察を受けた。

(今までは内科のみ)

 

往診医による診察なので、お話の内容は事務所にいる私に丸聞こえなんだけど…

 

介護スタッフや相談員が大きな声でおじいちゃんの現状をお医者さんに伝えるんだけど…

 

 

「どんどんできなくなって」

 

「女好きで入浴介助が大変だ」

 

「家族と疎遠なのは金銭トラブルの過去があって」

 

 

本人の前で、そんな大声で…

 

おじいちゃんに認知があるから遠慮がないというか、

「どうせ5分後には忘れてる」

ってことなんだろうけど、

聞いてて辛かった…

 

「ほら、話してる間にも、こう寝てしまって…」

て、そんな風に話されたら、シャンとなんてしてらんないよ…

 

でもここで私が何か言っても

「介護かじって知った風になってるヤツ」

的に言われかねなくて、おじいちゃんゴメンと思いながらおりました。

 

「どうせ分かんないんだから」

「どうせ忘れるのだから」

「こうゆうものなのだから」

 

現場では当たり前なんだろうけど、

素人から見ても、ちょっといたたまれないなぁ、と思う。

 

別に

介護をガッツリやりたいワケじゃないんだ。

 

老後、健やかに暮らせる人が増えるといいなぁって思うんだけど、目の前にある現実って厳しいなぁ…